監督紹介

監督 神保 岳史

1961年4月生
日本体育大学 卒業
東亜学園高校 小平所長(教頭代行)

[指導実績]
1986年より監督に就任し本格的に指導を開始。
1994年(平成6年)第73回全国高等学校サッカー選手権大会 全国大会出場へ導く。
全国高等学校サッカー選手権大会東京都大会 優勝1回、3位2回

 

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今日、昔のような「子どもの社会」がなくなってきている。だからこそ我々教育者は
「”部活”という子どもの社会」を大事にしたいと考えている。

現在の子どもの社会には、スポンサーである親の協力が不可欠である。
送り迎えや習い事の道具代や授業料は、子どもの力だけでは成り立たない。
親のサポートあっての子どもの社会であることは間違いない。

しかし、企業と同じ様にスポンサーたる親は、子どもの社会に深く足を踏み入れて良いものなのか。子どもの社会にどこまで介入して良いのか。
幼少の頃とは違い高校生にもなれば、親の強制によって習い事や部活をやっている者など皆無といえよう。
彼らは自身が”好きだから”、彼ら自身が”選び”、その社会にいるのである。
好きもの同志の集団は、自分たちでルールを作っていく。
子どもながらに人としての境界線を保っているのだ。
それができるのは、他ならぬ親からのきちんとした教育を受けているからである。

最近では、未成年に対する、そして未成年による暗い事件やニュースも少なくない。
都会に生活していれば、保護者としての心配も十分理解している。だが未だに高校生を小学生のように接してしまうのはいかがなものだろう。
いつになれば子どもは自由になれるのか。

先日、このような話を耳にした。ある部活の練習が厳しくキツイという男子生徒が親に話をした。彼にしてみれば活動内容のごく普通の報告に過ぎず、ただ少し疲れていた時期だから軽い愚痴のような事であったのかもしれない。
だが、その話を聞いた親はその顧問に対して、「うちの息子が練習がキツイと言っています。練習内容に問題でもあるのではないでしょうか・・・。」との電話をかけてきたというものだ。

スポーツに身を置いているその生徒や顧問にしてみれば、「練習はキツイものである」という事は共通認識であり、当たり前のこと。そのキツさや厳しさを乗り越えるからこそ、”勝利”という快感が何十倍にもなる。
それを承知でプレイヤーたる子どもは、部活で汗を流している。

そこで苦情の電話をかけることが、その息子に対して最善の措置だったのか。
親自らその顧問を信頼し、少し弱気になっている息子の背中をポンと押してあげる。
この選択肢はなかったのか・・・。
この親は自分の子どもの事しか考えられないのだろう。
自分の価値観で子どもを育てる事は構わない。
しかし、学校というものは、”学校という小社会”の中規則・ルールやモラル・秩序を守り、世の中の社会規範を学ばせることを目標としている。
茶髪・ピアスがその学校の秩序や風紀を乱している時点で、その他大勢に迷惑をかけている事になるのだが、そこに気付けない大人の価値観とは・・・。

小さい頃から健全なルール感覚を身に付けてきた子どもは、少々窮屈な規則であってもさして痛手とは感じないもの。反対に健全な秩序感覚が育っていない子どもは、少しの縛りにも反抗心や窮屈感を抱く。

厳しすぎる社会が問題なのでなく、社会適応能力の欠けた考えや心が問題なのだ。
多少線がずれたが、所詮子どもたちは、親の完全なる庇護の下で生活をしている。
お釈迦様の掌の孫悟空と同じである。だからこそ、その掌の中では子ども達に自由を与えてあげたい。
もちろん、”やりたい事を好き放題させよう”と言っているのではない。
子ども達が自身でつくる社会をそっと見守ってあげようと言っているのだ。
社会に縛られる大人の価値観を、子どもを通して子どもの社会に求めるのはいけない。
そして、子どもの事を考える過ぎるあまり、子どもの立場や子どもの自由を奪ってしまってはいないか、もしかしたら本当の被害者は、他ならぬ子どもになってしまっているのではないか、と一度考え直してみようではないか。
彼らの力で得た成功は何よりの宝。
彼らの犯した間違いは最高の教科書。
失敗させたくない、惨めな思いを味合わせたくないという親の気持ちは、十分わかっている。
だが、子どもにとって“成功と失敗は同価値”なのである。
それを見守る忍耐力は、あなたにありますか?

我々教育者は、教育としてプロ意識を常に持っています。また、変化の激しい社会に遅れをとられぬよう、そして自身の腕を過信せぬよう日々勉強しています。
この稿を書くに当たっても、私一個人の偏見ではなく、多くの方々のお話や様々な文献を参考に書かせて頂いたものです。故に答えは一つではありません。
しかしここまでの話は、近い将来子どもが自立して巣立つためには、必要なことで、親として、また、大人として絶対にやらなければいけない最低限の教育だと確信しております。
「教育」の”教える”ことばかりに目が行きすぎて、”育てる”ことを見落としていませんか?
”教える”と”育てる”は同義語ではありません。我々は「育てる」ことを大切に思っています。
このことを基本にさらに何かを上乗せし、私たち大人が相互に協力し、我々自身も成長していく中でできる、より良い事環境を作り上げていき、より良い世の中にできればと考えております。

より良い世の中とは決して”ユートピア”ではなく、時には人と競争したりと一人一人が強い心身を築き上げる、お互いを尊重し合える、まさに「スポーツマンシップ」の事ではないでしょうか?

平成22年3月
神保 岳史


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